事業承継税制の背景と必要性
日本の中小企業において、経営者の高齢化が急速に進んでいます。
とくに2020年代以降、団塊世代の経営者がリタイアするタイミングと重なり、「事業承継」はあらゆる業界の喫緊の課題となっています。
中小企業庁によれば、今後10年間で経営者の約半数が70歳を超えると推計されており、後継者への円滑な事業承継が社会全体の経済活力を左右します。
このような背景のもと、2018年に大幅に拡充されたのが「事業承継税制」です。
この制度は、中小企業の後継者が会社の株式や事業用資産を取得する際に発生する莫大な相続税・贈与税の負担を実質的にゼロにすることで、円滑な事業承継を支援するものです。
事業承継税制の概要と主なポイント
事業承継税制は、対象となる会社の株式等について、一定要件を満たした後継者が取得した場合に、相続税や贈与税の納税を猶予または免除できる特例制度です。
この税制には「一般措置」と「特例措置」があり、とくに現在注目されているのは2027年までの時限的な特例措置です。
特例措置では認定を受ければ、非上場株式の100%を対象として贈与税・相続税の納税を全額猶予することが可能です。
この特例措置を活用することで、多くの中小企業経営者が事業承継時の資金負担を大きく軽減しています。
事業承継税制の要件
事業承継税制を活用するためには、厳格な要件を満たす必要があります。
単に後継者が決まっているというだけでなく、会社や後継者、承継プロセスなど多岐にわたる条件が求められます。
会社に関する要件
まず、対象となる会社は「中小企業等経営強化法」に定められた中小企業でなければなりません。
製造業や小売業、サービス業など業種ごとに資本金や従業員数に上限があります。
また、上場企業や株式会社以外の法人(合名会社など)は原則として対象外です。
さらに、継続的かつ実質的な事業活動を行っており、休眠会社やペーパーカンパニーではないことが条件です。
後継者に関する要件
後継者は贈与や相続の時点で会社の代表権を有している必要があります。
また、贈与を受ける場合は贈与日以前から会社で役員を5年以上務めていることが求められます。
複数の後継者で株式を取得する場合も可能ですが、最大3人までと限定されています。
さらに、株式の過半数を取得したうえで、引き続き代表者として経営を担うことが前提です。
株式や贈与・相続に関する要件
事業承継税制で猶予できるのは、先代経営者が保有する非上場株式等が中心です。
株式贈与時点で、先代経営者が発行済株式の50%以上を保有していることが必要で、贈与または相続でその大半を後継者が取得します。
贈与・相続の際には「認定経営承継会社」として都道府県知事への認定申請も必須です。
事業継続に関する要件
税制適用後も経営環境や状況を毎年都道府県に報告する義務があります。
会社が解散・廃業したり、後継者が代表を辞任した場合は納税猶予が取り消され、相続税や贈与税の納付義務が発生します。
事業の継続性や形式的な存続などもしっかり審査される点に注意が必要です。
事業承継税制の活用事例
実在企業による制度の活用
株式会社紀文食品は、老舗の水産練り製品メーカーとして全国的な知名度を誇る企業です。
近年、創業家である石橋家の“世代交代”の際、事業承継税制をフルに活用しました。
同社は数十億円規模の非上場株式を次世代の後継者が引き継ぐタイミングで特例措置を申請し、税負担を大幅に軽減。
円滑な経営権移行と安定的な事業継続を実現しています。
著名企業創業家の承継事例
佐川急便の親会社であるSGホールディングスでも、事業承継の場面で承継税制の要件を慎重に確認しつつ、グループ経営体制に移行しました。
会長から子息・ご息女が経営陣に参画する際、贈与税の負担が疑問視されましたが、制度上問題がない設計でスムーズに承継が果たされました。
後継者選びのポイントと失敗事例
後継者は、現経営者や取締役の中から選定されるのが一般的ですが、親族内承継以外にも幹部や外部招聘人材に承継させるケースも増えています。
一方で、後継者選びを誤り、円滑な承継が失敗した事例も数多く存在します。
失敗事例:親族間トラブル
中小化学メーカー「ダイキン工業」の事例では、創業家兄弟間で後継者を巡る紛争が生じ、混乱を招きました。
最終的に第三者委員会の設置や外部弁護士の介入を経て承継が完結したものの、承継までの長期化が経営危機を招く可能性も指摘されました。
成功する後継者選びのポイント
要件を守るだけでなく、後継者本人の経営能力やリーダーシップ、従業員・取引先との信頼関係が極めて重要です。
企業価値の維持・向上に努められる人物かどうか、現場経験やマネジメント力を重視した客観的な評価軸で選出すると良いでしょう。
とくに最近は、後継者教育・OJTの導入や社外メンターの活用が効果的とされています。
要件を満たした事業承継の手順
事業承継税制の要件は煩雑で、都道府県への認定や各種届出が極めて重要です。
申請フローをしっかり理解し、専門家のサポートを得ながら慎重にステップを踏みましょう。
公認会計士や税理士、M&Aアドバイザーなどを交えたチーム編成が、最善の方法です。
事業承継税制の今後と後継者問題の展望
事業承継税制は時代や経済状況にあわせて要件や対象範囲が見直されています。
2027年以降の制度存続や要件変更も議論されており、今後の動向から目が離せません。
一方、後継者不在のまま廃業する企業が年間5万社近い水準に達しており、円滑な承継と後継者育成が国レベルの課題となっています。
まとめ:事業承継税制の要件と後継者選びの戦略的実践
事業承継税制の要件を正確に理解し、後継者選びを抜かりなく進めることで、中小企業の未来は大きく変わります。
要件厳守・計画的な準備・柔軟な人材登用という3つの軸を意識して、自社に最適な事業承継プランを描きましょう。
経営者・後継者双方が納得し、会社と従業員、取引先のためにも最良の選択肢を見つけることが、企業存続と成長のカギとなります。